星取表@06年九州場所
▼幕内
西大 10-5 琴欧洲 ○○○●○●○●○○○●○●○
西小 3-11 黒 海 ●●●●●●●●●○○●●○●
西小 8-7 露 鵬 ●○○○●●●○○●○●○○●
西06 10-5 把瑠都 ○○○●○○○○○●●●○●○
西14 7-8 白露山 ●●●●●●●●○○○○○○○
▼幕下
東01 4-3 若ノ 鵬 ○-●-○-●●--○--○-
西30 4-3 風斧山 ●--○-○-●-●○--○-
西36 4-3 隆の 山 ●--○●-●-○-○-○--
西55 6-1 臥牙丸 ○--●○-○-○-○-□--
西59 3-4 阿夢露 ●-○--○●-○-●-●--
▼三段目
東20 4-3 大露羅 ○--○●--●●--○-○-
西49 6-1 栃ノ 心 -○-○-○-○-●-○--○
東97 3-4 舛東欧 ○--●-○●-○--●●--
日刊スポーツ 11/29: 日本相撲協会は初場所の番付編成会議を開き十両昇進力士を発表 18歳5カ月の外国出身関取最年少記録で 若ノ鵬が新十両
毎日新聞 11/29: 「18歳5カ月(来月の番付発表時)での昇進は昭和以降では8番目の若年出世」
スポーツ報知 11/29: 「若ノ鵬(わかのほう=本名ガグロエフ・ソスラン・アレキサンドロビッチ)ロシア・北オセチア共和国ウラジカフカス出身、間垣部屋。05年春場所初土俵。得意は右四つ、寄り」
アラギール出身とロシア語のサイトには書かれているのだが...?
サンスポ 11/30: 『うれしい。夢みたい。本当は17歳であがりたかったけどね』 「昇進を決定づけると、故郷の両親に電話報告。受話器の向こうで、両親は泣いて喜んでくれたという」
大嶽部屋に住み込み、初めて土俵に上がる時には、持参したレスリングシューズを履こうとして、注意を受けたこともある。「土俵は固いな、けがしないのかな」。初めてのまわしに「寒いな。恥ずかしいな。邪魔だし、痛い」。カルチャーショックを受けたが、今は、いい思い出だ。
「『特にぶつかりけいこを徹底的にやらせた。正座も毎日やらせている』と間垣親方。今年の名古屋場所までは、四股、てっぽう、すり足などを反復させた。師匠の我慢の指導が実を結んだ。『まわしの切り方とか、細かいことは教えていないし、まだまだ伸びる』と期待する」
『横綱になるまでガールフレンドは要らない』 「化粧まわしの図柄は『(信仰する)キリストがデザインされたもの』を希望」
スポーツ報知 11/30: 『早く幕内に上がりたい』
間垣親方『おれは(新十両から)2場所で上がったから(若ノ鵬は)18歳の内だな。2場所だったらいいね』
「硬いとされる下半身を柔軟にするため、3月から毎日30分、来日するまで知らなかった正座をしている。『ご飯を食べるときしてます』と素直に実行中」
新聞によって 日本語が たどたどしかったり 流暢だったり
九州場所千秋楽で勝ち越し、十両昇進を確実にしたとき、花道でロシアの先輩白露山がすぐ故郷に電話してくれた。「お父さんは『おめでとう。男だねえ、よく頑張った』と言って泣いた」。8日目の猛虎浪戦で腰を痛め、2勝3敗になった。師匠の間垣親方(元横綱・2代目若乃花)に「今場所は無理です、と弱気の虫を出したら、親方は『けがに負けるなんて情けない。死ぬ気でやれ』。それで目が覚めました」。
РТР-Спорт (RTRスポーツ)
30.11.06 10:22 Российский борец вошел
в историю сумо (ロシアの戦士は相撲の歴史になった)
ロシアの戦士ソスラン・ガグロエフは 名誉な関取の称号を与えられた 最も若い外国人として伝統的な日本の努力相撲の歴史になった それ(関取)は2つの最も有名な大隊 幕内(1)と十両(2) に組み入れられた 相撲のエリートの名称である ウラジカフカス出身者の3番目の大隊・幕下から2番目への昇進に関する決定は 日本相撲協会によって本日受理された この名誉を 昨年の3月に日本でデビューしたガグロエフは 18歳と5ヶ月で受け取った 身長が195cmになり体重が150kgの 若いロシアの巨人は イタル・タスの特派員と喜びを共有した 「私が与えられた段階で熱望したものに達している一方」と彼は話した 「さらに私はより大きな目標 すなわち 少なくとも十両に残り 幕内の前方に移動する事に 挑戦する」
----
□日本語訳にあたって
потихоньку 英語に訳すとsly これを和訳したら ずるい なんか違う気がするので 訳文からは何気に抜いてあります
----
<初場所>
番付発表 12月21日(木) 初日 1月7日 千秋楽 1月21日
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)



「琴欧州改」 と書いてあるのねん♪